猫背集団の中にいると
視覚にはいるものが
猫背のため
自分が猫背かどうか
気にもならず
周りが猫背ときずいて
独自で猫背ではないように
一瞬整えるが
一瞬で猫背になるのだ
ビーチサンダルの集団の
中にいると視覚に入るものが
ビーチサンダルのため
ヒップが下がり
蟹股になり
でも
自分は大丈夫と思い
周りの蟹股歩きの方を見て
笑うのだが
美学がある方からすると
笑っている自分は
笑われているのだ
美しくありたいと願う
心を失えば
努力も必要もなく
日々、色気もなく過ごす
こともできよう
しかし
女性であれば
いつもどこかで
美しい人を見て「綺麗な人だな」
と憧れる人は多いのでは
ないだろうか
何処の国にいようと
何処の惑星にいようと
美しくある
ということは決して
無駄にはならず
女性であるならば
徳をつむことになろう
ハイヒールで歩くという
ことは誰でもできよう
履いて歩くだけでいい
しかし
哲学・美学を纏って
ハイヒールで歩くという
ことは確実に練習が必要である
私は今、ひとつボタンを
押そうとしている
これを押すことで
2019年とは違う自分へ
さらに進むことになる
そして、そこにエネルギーを
合わせようとする
すると
「今、私はまだ真剣さがたりない」
そう思い
その日までにやることを考える
すると自動的に道ができあがり
精進をする
そして自ら
努力への道のため
たるんだ筋肉や思考停止脳では
決して前には進めない
物理的には進んでも
後退をしてしまう
一歩を出しても
傾いてしまう
そしてエネルギーも傾く
何か嫌なことが
起こると
立て続けに嫌なことが
起こるというのは
皆が経験しているが
ハイヒール哲学でも
体感できる
一瞬でも気を抜き
集中をせず
気を散らせると
必ず身体はRotateする
必ず止めるところは止める
ことができない
そして
よろめく
しかし
コーチの声とともに
更に気を引き締める
すると
レッスンの中盤以降で
必ずエネルギーを巻き返し
美しい歩きが整ってくる
この体感が
普段でも応用できるのだ
うまく伝わっているだろうか
だから、再び申し上げるが
ハイヒールでただ美しく
あるくことを
学ぶのではない
哲学と美学を注入しながら
ハイヒールで美しくあるき
仕上げは
荘厳なオーラである
私の場合は
官能的なオーラが
目的地である
戻るが
猫背の中にいて
他人を笑っているあなたは
もしかしたら自分も猫背である
鏡をみて
動画をみて
第3者から意見を頂戴して
矯正をしていく
フィジカル的にもメンタル的にも
Hermitage

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