In

愛するということ


今朝、家からバス停に
向かう時

愛するということ
について想いを
巡らせていた

まだ愛については
語れるほどではなく
寧ろ分かっていない

どうして
だろう
                                                                                                               
そんなことを
自然と歩きながら
考えていた

男女の愛が
枯渇してしまうと
私は干からびてしまう

宇宙は私に
そうなってしまえと
言っているのか

果たして
違うことを示唆
しているのか

そんな時
コーチとPeterの会話を
思い出した

”Peterのお陰で私は
生きられる
ママンのお陰で僕は
生きられる”

なぜ急にこの一部分を
思い出したのかは
分からない

しかし
感じれば感じるほど
深さを感じ
胸がぐっと
熱くなった

そして
1つ気づいたことがある

0歳から寂しかったがゆえ
一番近い人に対してこそ
感じるべきこの愛を

どうしても
寂しいが勝ち
このフレーズから
放たれる愛を贈ることが
できていなかったのだろう
とバスにゆられ
気づいた

マリーナベイサンズの
間から差し込む
太陽の日差しに照らされ

100%できないかもしれない
でも
このフレーズが教えて
くれたことを
しっかり心に留めておこうと
思うのだ

愛とは。

Hermitage


今日の最後に告白を

やはり
私は
合理的だけれでも
明晰で
Citizen主義でありながらも
多様性を受け入れる
シンガポールという
国が
大好きだ
と改めて思った

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