ハイヒールで美しく
歩くとはどういうこと
だろうか
自分の言葉でまずは
表現してみてほしい
ハイヒール哲学を通して
学んだ
「ハイヒールで
美しく歩く」
ということは
目で1点の狙いを定め
そこでグッと自分の
崇高で荘厳な
エネルギーを身体の上から
下まで送り出す
そして
そのエネルギーは
Masculine energy
から
Feminine energy
へ変化し
膝の抑揚へと
表現化され
最終
母指球の小さい丸の中
一点を目掛けて
Finishする
歩くとは
ここで終わることなく
右から左、左から右へと
バトンを渡すごとに
体内の自分の美しき
軸にエネルギーを通し
体全体でオーラを纏い
歩く
これを
体が熱くなるほど
イメージできるであろうか
もしくは
自分で美しく歩くを
文章でも表現できるであろうか
ハイヒール哲学を
注入して歩くとき
歩く技術としての
上達だけでは
決して
美しきFinishはできない
よって、
1段階から10段階の
技術があるとして
10段階へ辿り着いたとしても
心、脳のエネルギーが
澱めば
意図も簡単に1へ近い方へ
下ってしまう
どういうことか
これがハイヒール哲学の
深き部分である
理由は
この歩きは
オーラを纏い
その自分のオーラを
操ることでさえ
「歩き」の一部分である
からである
自分のエネルギーが
崩れているとき
冒頭で述べた
一点を狙う目は弱く
狙うことができない
そして
2つのエネルギーの
美しき絡み合いは
実現されず
1点の母指球を最終捉える
ことができないため
歩きに崩れが生じ
フィジカル面でも
結果、崩れる
もし、御自身で
それでも
母指球にのることが
出来ていると
仰せられるならば
その母指球とはいかなる
サイズであろうか
先に述べていただきたい
究極
母指球とは
1点を狙う
ごまかしなく
母指球へ
体重もエネルギーも
アクセスしたとき
母指球から
身体の上部へ走る
シグナルを感じているだろうか
ここが究極の母指球との
コミュニケーションの
要である
ハイヒール哲学が注入された
メソッドで
ハイヒールを美しく
歩くことが
できなければ
御自身の何かに
崩れが生じている
人生をブレずに
Majorityに埋もれずに
歩き
ドアを開けた瞬間
崇高なエネルギーで
空間を美しくさせるには
このハイヒール哲学を
注入する以外に何か
具体的な方法はあるだろうか
人生とは立体であり
流れており
言葉だけの
詩で
終わらせるわけには
いかない
私は
母指球の1点にアクセス
するほどの集中力がなくして
人生の次へのSTEPは
決めることができなかった
1点へ込める想い
この穢れの無い集中力は
無駄をそぎ落とし
崇高な光を貴方の身体に
通すであろう
Hermitage

0 comments:
Post a Comment
Note: only a member of this blog may post a comment.