長い間
書くことが
できなかったテーマ
「女性のサガ」
実際のところ
日本のTOP層で働く
女性に向けた女性のサガ
に関して考察すべきでは
あったが
私には書くことができない
そう決断を下した
なぜなら
やはり私は
会社のTOP層ではないと
考えるからだ
そして
今、そのような層に
いらっしゃる女性たちが
日本という文化の
ベースで
男性Dominateの
環境で
どれだけ這い上がって
いるかを知っており
そうせねばならなかった
時があることも
そういう業界が
あることも
分かっており
簡単には述べることが
できない
しかし
単一の「女性のサガ」
だけで考えたとき
これは
同じ女性として
対等であるため
お伝えできる
と考えた
サガという
音からは
女性らしさとは違い
受け身とも違い
やわらかさとも違い
自分を愛することでも
ない
女という性から
逃げることなく
自分の足でしっかりと
人生を歩き続け
何があろうとも
人生をかきわけてきた
人こそ醸し出すことが
できる
内側からの強い意志であると
感じている
そして
この女性のサガこそ
いかなるときも
男性と対等になることができる
この女性のサガをみずして
生み出さずして
男性のようになっても
絶対に男性とは対等には
なれない
決して美しいだけではない
暗闇も光もどちらも
経験し
見かけの美しさで
本質を隠すわけでもなく
自分の本質と
戦い抜いている
女性こを出せる
この女性のサガ
故に、この女性のサガの
エネルギーは
正直だ
一つの表現の方法は
ASAMI-PARISで
知ることができる
しかし
どう出せるか
どう表現できるかは
自分次第だ
自分の女性のサガを
感じたとき
一瞬怖いものを感じた
ものすごく
すごいエネルギーが
自分の中に眠っていると
分かったからだ
どんな時も
誰よりも
強く在らねばならないとき
綺麗ごとではなく
この女性のサガが
自分を守ってくれる
1つだけ
どの層の方にも
申し上げることが
できるとしたら
威厳をはらずとも
声をあらげずとも
男性をもちあげずとも
自分を卑下せずとも
無駄にわらってごまかさずとも
この女性のサガが
全てを魅了する
そして
この「女性のサガ」にこと
女性の官能美が
存在する
ということを
私は官能美コースと
ASAMI-PARIS
コースで得た
人生の極みは
女性のサガにあると
思っている
ルブタンのハイヒールでさえ
赤い口紅でさえ
赤いマニキュアでさえ
脇役であり
すべては
全ては女性のサガへの
導きだ
ところが
脇役なしでは
主役は引き立たないことも
お分かりで在ろう
Hermitage

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