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どの国でも同じ。要は、どの美学を纏うか


ブログを拝読させて
頂きながら
暑い国での美
について考えてみた

ただし、ここ
シンガポールは
駐在大国であり
観光大国であり

シンガポールの美学を
語るには
現時点の私には
難しい


人は2−3年たてば
入れ替わる

それゆえ
本国の美学をお休みし
つかの間のブランク
ということで
シンガポールの現地に
馴染む方も多い
                                                                                              
それゆえ
街を眺め
素敵な欧米人が
ビーチサンダルを
履いているから

私もビーチサンダルを
真似して履く
ということは
危険信号である

実際
その危険信号を
渡ってしまったのが
私であるが


温かいが故
人は多少ゆるくなり
リラックスを
求める

とてもいい事だ

しかし
リラックスが
常駐してしまうと

ただの
だらけた人物
になりかねない

では
どういう人が
上記のような
人物になるか

それは

自分の中に美学を
持っていない人

という答えが
今日出てきた

ビーチサンダルだろうが
フラットシューズだろうが
ハダシだろうが
ピンヒールだろうが
よかろう

ただ
そこに美学は
あるのか

美学なくしては

暑い国だろうが
寒い国だろうが

アメリカだろうが
フランスだろうが
シンガポールだろうが
日本だろうが

何をしても
美しさは
感じられない

美しくあるとは
美学を持ち
そして
美学のスイッチを
入れるアイテムを
掴んでおくことだ

悲しいことに

美学なくして
ビーチサンダルへ
飛び込んだ私は

ナチュラル派でもなく
女性らしさもなく
ただ誰かの真似を
して意気がっている
だけであった

美学と
美学のスイッチを
もってすれば
どの気候でも
美しく在る
努力をすることが
できる

私にとって
そのスイッチが
ハイヒール哲学であり

そして
ハイヒール
というより
Louboutin
である

私には
Louboutin以外の
ハイヒールでは
スイッチになり得なかった
であろう


こう断言できるのは
それだけの恩恵を
受けている事を
身を以て
感じているからだ


どの美学でもいい

でも選んだ美学に
よっては

行ける世界と
行けない世界が
あるということを
覚えて置かなければ
ならない

シンガポールには
シンガポールらしい
美学というような
ものがある気がするが

その美学では
入り込めない
世界もあるのだ


新幹線で行ける場所と
飛行機で行ける場所が
違う

これと同じだと
思っている


それゆえ
本日1日中
暑い国とハイヒール
について考えていたが

もう全ては
自分と美学とスイッチ
これさえ
しっかりしていれば

あらゆる国で
自分の美を放つことが
できるのではないか
とまで考えた


ここシンガポール
雨が降れば大変だが

先日みかけてしまった

外ではビーチサンダル

でもバスを降りる瞬間
しっかりハイヒールに
履き替えている女性を

ある面だけ
見ていて物事を
表現してしまうには
あまりにも恐ろしい

シンガポールにも
ハイヒールを愛する
女性がいることが
最近見えてきた

そして
そんな彼女は
女性らしかった


イタいから
ハイヒールを
履きたくない

ならば違うモノを
選べばよい

でも
その痛さを克服し
ハイヒールを履く
恩恵を知りたいならば

やはり
毎日の鍛錬は
必要であると思う

毎日コツコツ練習するのは
いざという時の
為だけではない

コツコツ練習している
間に、波動が変化し
そして
それに見合った世界
へ移動するためだ

少し話はそれたが
今日は美学の重要性に
気づいたため
それをブログへ
書き留めておく

Hermitage
Hiromi


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