ナチュラルとは
女性という性
そして自分の軸が
確立されている
状態であり
美人とは
エレガンスを
纏った人
と定義づける
2か月前の
私は
ナチュラルを
赤ちゃんのように
ととらえ
美人を可愛いと
はき違え
大変な目にあった
その大変な目の
結末は
Too Cute
Too Childish
というこの2つの
言葉をいただく
羽目になった
Cuteは
もし言われたら
うれしいと思わない
方がいい
むしろ大人の女性で
あれば
絶対に頂いては
ならないWordである
このような言葉を
もらった私は
本当に落ち切ったな
と改めて思った
ハイヒール哲学を
通して世間で
いわれている定義を
気づいた時点で
一流の方が考えるような
定義へ
訂正するようになった
自分が楽になる
定義には設定しない
なぜなら
私は一流の世界へ
行くからだ
今も昔も
ナチュラルに
美しくありたい
は変わらないが
イメージしているものは
今と昔では
まったく正反対だ
あなたは
ナチュラル美人
と聞いたら
どうイメージするだろうか
ASAMIコーチの
ブログを拝読
している方は
少なからず日本の外を
意識している女性では
ないだろうか
もしあなたが
そのような
女性であれば
わたしのような
情けない体験を
する前に
とっとと
気づいて整えて欲しい
エイジング
ばかり気にしておらず
Matureになることも
同時に磨いて
行かなければ
年齢を重ねるに
したがって
動物的な女
という存在では
限界がくる
ナチュラルに
美しくある人は
年齢を重ねても
美しい
そこには
生き様
軸
マチュアな精神
そして
女という自信
修正力
が備わっている
からではないだろうか
ここ最近ずっと
考えた結果の
見解である
この点に関して
私は、まだまだ
鍛錬が必要であるが
必ず
たどり着きたいと思う
なんとなく
最近
人生に負荷を
かけたくなってきた
今な気がする
諦めなければ
かなう
という言葉
先日のASAMIコーチ
とのセッションで
意味が分かってきた
何事も
言葉尻だけを
とらえるのは
非常に危険である
もしかしたら
叶うはずのものを
勘違いという
ちょっとしたずれで
消えてしまうから
話は飛んでしまったけれど
ナチュラルを
勘違いして
味気のない女に
なる前に
貴女がてこいれを
することを願う
人生の負荷
今よりも少しでも
負荷をかけたら
かなりのパワーが
必要になり
限界ぎりぎりに
なることは
わかっているが
それでも
今な気がする
もう少し
考えてみます
Hermitage
Hiromi

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