ここ数日
1ヶ月前から纏い出した
「自分」に戻れず
そのまま
本日のコンサルティング
を迎えた
もう見事なの
いつの間にか
歩みだした「自分」に
戻ることができた
この体感は
言葉ではやはり
表せない
今日はBack Soundを
Princess Dianaの
インタビューに切り替え
ブログの時間にしている
誰かに強制されたわけではない
ブログを毎日綴る事で
不思議なことに
自分が見えてくる
嘘の自分が
削ぎ落とされて行く
気取ろうとしても
そのままでも
自分が表現されるのよね
今日ね
自分を良く見せようとして
取り繕ってきたこと
隠す事を
やめる事にした
それは
「私の家族はしっかり
しているのよ
私は良いところ育ちよ」
ということ
周りの家族の話を
聞く度に
うらやましかった
「私も!」
と言いたいが為に
変な競争心とプライドが故
自分家族の本当の
事情を繕ってきた
「私の家族はしっかり
しているのよ
私は良いところ育ちよ」
でもね
違うの
ふつうなの
というより
みんなが
憧れない家族なんだ
既にこのブログでは
少し語ったが
私の両親は
仲が悪かった
そして
バブル崩壊とともに
家族も崩壊寸前に陥いった
ここからは
精神的に弱い方は
進まないで。
まだ小さい頃
いつも通り夜になると
両親の喧嘩が始まって
私は布団にもぐったの
でも、その日の喧嘩は
いつもと違って
母がすごい声で
姉と私の名前を呼んで
助けを求めた
リビングで見た光景は
父が包丁を
持っているところ
矛先は
母ではなく
父自身だった
バブル崩壊のあの時期
幼い私は
何が起きたか
分からなかったが
しかし
幼いながらも悟った
あの出来事以降
何かが変わった
父母だけではなく
私は
大好きで
いつも一緒にいた
姉とも
喧嘩をしてしまい
私が
10歳くらいから
26歳くらいまで
一度も話すことなく
メールすることもなく
他人のようになった
家族は冷酷時代だった
母に「お別れしないで」
と言い続けたの
でも18歳くらいに
なったときかな
「お母さん
もう離婚しても大丈夫だよ
私が家族を守る」
と母に伝えたことがある
私はIQは高くないが
努力をして勉強すると
成績が良かった
だから
一生懸命勉強して
良い大学へいき
良い企業に入る
そして自分が
家族を守ると決めた
18歳のころ
でも
母から返ってきた
言葉は
「昔ね、宝石とか
色々お父さんに
買ってもらったの
だから
次はお母さんが
がんばるわ」
もう何も言えなかった
ずっと専業主婦だった
母が一生懸命
働きだした
その後も家族が仲良く
なることはなかったが
母の愛の偉大さに
より
会話は途絶えても
決して
家族全員が
縁をきることは
なかった
気付かなくとも
愛は注がれていたのだと
思う
26歳のある日
16年のブランクを
乗り越えるため
大好きな姉に
ラブレターを書いた
私、おねえちゃん
大好きだったから
家族が仲が悪いのは
あきらめたが
姉とは
仲良く戻りたかったの
姉は私の手紙を
読んでくた
そして
長いメッセージを
返してくれた
そして最後に
「もう昔の事は忘れたよ。
大変な親だけど
お互い協力し合おうね」
これを新幹線で読んで
泣いた記憶がある
その時から
私たち姉妹は
Best Friendとなった
今でも話す事はない
でも
メッセージをいっぱいする
そして
私たちは
秘密を交換するの
他人から見たら
不思議よね
だって
私たちお話しないから
でも、これが
私たち姉妹の
新しい形なの
そして
月日と共に
やはり物事は変化をする
頑張った者には
プレゼントがある
それを教えてくれたのは
父だった
崩れた父は
再び立ち上がった
ひとくせも
ふたくせもあり
家族は翻弄されている
今も私は
父とうまく話せない
でもね
父のあの根性は
今までの人生の中で
誰よりも
尊敬している
先日ね
結婚したくても
たどり着けない私は
母に質問をしたの
「お母さん、お父さんと
結婚してよかったて思う?」
そうしたらね
いつにもなく
母は一生懸命考えて
返信してくれたの
きっと
私が何に悩んでいるか
母は察したのね
「色々在りすぎて老けたけど
お母さんは
お父さんじゃなかったら
飽きていたかもね
だから
よかったと思うよ」
Hermitage
Hiromi
ブログのパワー
知ってる?
毎日何かが剥がれていくよ


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