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私がシンガポールへ来た理由


色んな人に聞かれるの
シンガポールへ来た理由

でもね
本当によく分からない

ただ強いて言えば
ホームタウンを
見つけに来た

これね2013年4月の
私のFacebook.

当時とある都道府県から
転勤で東京へ引っ越したの
                                                                                  



いつか一定の地に根を
伸ばしたい
その土地が
シンガポールだったのかも

ただ、どうやって
このストーリーに
持ってきたのか
それは当時
間近で私を観察していた
会社の先輩達でさへ
未だに言う

「Hiromiちゃん
あの時期、本当に
不思議だったよね」

そして以前の会社の
お若い方が
私の先輩から話を聞き
'あの人は今'
のように
先日シンガポールへ
来てくださった

事前に先輩には
申し上げていた
「私も分からないから
お役にたてないかも
しれません」

でも、そのお若い方
面白そうに
Interviewをして
東京へお戻りになったわ
お役に立てたのかしら

遡れば

忘れられないのは
2012年
私は8年住んだその土地が
苦手だった
言葉もテンポも
エネルギーも
なかなか同調できず
苦しんでいた

2012年8月
これまで何度も
懇願して異動願いを
出しても通らなかったのに
急にチャンスがきた

その地域から去り
東京に行く絶好の
チャンスだった

でもね
断ったんだ

当時彼氏がいて
結婚をしたかったから

でね

東京行きを
断った2ヶ月後
ふられたんだ

でね

東京行きも自分でなくし
彼氏にはふられ
ホームタウンはないし
もう一人でここに
住むしかない
と力をいれ20万円ほどかけて
色んな身の回りの者
買い替え

フィニッシングスクールで
自分を磨き

カラー診断をしてもらい

あのとき
過去のエネルギーを
どんどん変えていた


2013年1月
お正月あけ早々から
私は朝残業をしていたの

そうしたらね
部長がきて
「おまえ、別れたやろ?
もうここに
おらんでもええやろ?」
と。

へ?
となった

結婚する!と
言い張っていたのに別れ
人に言えなかったから

まして会社の人なんて

わたし誰かに
言ったのかな

未だに分からないの

でね

「明後日までに返事をくれ

東京に行くか?
もう部署も決まっている」

自分で消したチャンスが
また戻ってきた

そして
ぎりぎりまで悩み
回答締め切りの朝
行く
と決めた


2014年10月まで
私はシンガポールについて
ほとんど知らなかった

でも
私の話をよく聞いてくれていた
知り合いが
とある話の流れで
「ヒロミちゃん、シンガポール
行ってみたら?
住むように滞在してみたら?」
と投げかけてきた

私は素直に
11日間会社を休み
ただ暮らすように
シンガポールという
知らない国に
滞在してみた

滞在中は
「住みやすいな」しか
思わなかった
しかし、帰国してから
周りにシンガポール
を促すことがいっぱい起きた

一方で
8年願って、やっと
たどり着いた東京から
もう一度異動で
以前住んでいた
地域に戻らないといけない
という噂も耳にした

私は知っている
戻れば苦しむ
戻る気はない

もう方法は
会社をやめるしかない
そこまでしても
あの場所には戻れないと
感じていた

そして私は日本では
前会社が
大好きなため
日本で転職をする気は
なかった

残すは日本の外

ちょうどその頃
父の復活ぶりもすごく
私が意気込む隙も
なかった

18歳の時
自分勝手にも
家族を守るといって
頑張ってきたけど
父は決して私の助けは
必要としなかった

男気だ

でね
私の中で
何か線が切れたの
18歳からずっと
張っていた気が

こんなことが
2015年2月
くらいに一気におきた

そして
私は日本で
ホームタウンがない
守る者もない
ならば
昔から願った
海外に住みたい

これを発動した

そこからはね
本当に動きが
すごかったみたい

最初オーストラリアの
留学を探していたはずなのに
いつのまにか
マレーシアの語学学校を
予約し
NLP学校を調べ
家を予約し
行き着く先は
Singapore
とストーリーをたて
そのまま実行しただけ

なぜこのストーリーかも
分からない
だって私が好きな国は
UKだから

全部手配を完了してから
両親に手紙を書いた

慌てて両親が
東京まできて
六本木ヒルズ2Fの
カフェで6時間に渡り
話し合いをした

姉がね
両親の家で話し合いをしたら
大変になるから
必ず外で話すのよ
とアドバイスメールをくれた

父と母は涙ぐんだが

父は言った
「お前に助けてほしいなど
一度も言ったことはない
お前が本当に行きたいなら
行けば良い
だめならいつでも
帰ってこい」

母は言った
「そんなに行きたいの?
そこに何があるの?」

私は言った
「何があるか分からないけれど
もう行くの
遊びに来てね」

そして今
無事にSingaporeにいる
ここがホームになったら
いいなと思えるくらい
居心地が良い

振り返って思う事は
東京へ異動したときも
シンガポールが私の世界に
入ってきた時も

いかなるときも
私に手を差し伸べて
くれる方がいたことだ

頑な私の好きを見て
手を差し伸べて
くださった

その手を私は
純粋に掴んだのだ

私がシンガポールへ来た
きっかけは
あのとき
知り合いが
「ヒロミちゃん
シンガポール行ってみたら?」
だった

その後の綱渡りは
もう’感’としか言えない
そして
ぐいっと自分で動く

今日Facebookを
振り返り
あの時の自分に
教えてあげたい

住みたい場所
見つかったよ!

Hermitage
Hiromi


私の家は逆帰省
60歳を超えた母が
還暦から、毎年飛行機に
乗りSingaporeへくるように
なりました

母は楽しそうです














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